犯人以外は全員被害者です

スポンサーリンク

久しぶりに、かなり腹が立ちました。
新幹線内で起こった殺傷事件。勇気ある男性が犠牲になるという本当に悲しい結末に、心が苦しくなります。
身勝手な行動を起こした犯人は、しっかりとした刑罰を受けてもらわなくてはいけません。

亡くなられた犠牲者の方にお悔やみ申し上げるとともに、怪我をされた方、その場に居合わせて心に深い傷を負った方の一日も早い回復をお祈りしております。

私が腹立たしいと思っているのはこの犯人に対してもですが、そのあとのネット上の意見です。
その一部が冒頭にあるリンクです。
一部だと信じたいのですが、一部でもこういう意見の人がいると思うと怒りやら悲しみやらわけがわからない感情が押し寄せてきます。

現場にいた男性が、犠牲者とともに犯人と戦わなかったことを批判する意見です。
この意見、正気の沙汰とは思えません。
人が殺されるような現場でのことを、安全なところから批判することは、卑怯の極みです。

報道によると、犯人は刃物を持って明らかに殺意をもった行動をとってました。
しかも新幹線という閉鎖的な空間でです。ちょっと想像しただけで、それがどれだけ恐ろしい現場なのかわかるでしょう。
いや、想像よりも恐ろしい現場であったに違いありません。

それを、日本男児がどうの、アメリカだったらどうの、という意見で批判する。もうむちゃくちゃです。
あの現場に居合わせただけで、心に深い傷を負った人も多いでしょう。
あの現場に居合わせた犯人以外は、全て被害者なんですよ。新幹線に乗ったことにはなんの罪もないでしょう。そこであんな凄惨な事件に出くわしてしまった。

犯人を取り押さえるために出動した警察や機動隊が逃げたのならば批判も理解できますが、その場に偶然居合わせて、怖くて逃げただけで批判されるなんて、あまりにも理不尽すぎます。

勇気をもって犯人に立ち向かった男性がだめだとか言っているのではありません。それは本当に素晴らしい。
しかし、それと同じことをその場にいる人全てに求められるわけないでしょう。

命を守るために命を犠牲にするべきだ、という理屈が簡単に成り立つほど人の感情はシンプルにできていません。
怖い、逃げたいという感情だって、正直理屈では説明できないものばかりです。
例は適切ではないかもしれませんが、ほとんど事故の起きない絶叫マシーンではみんな怖がるのに、年間4000人近く交通事故死者数が出る車はそんなに怖がらない、それが人の感情です。

もちろん感情を広く認めすぎて「仕方ないよね」と言い始めたら秩序が激しく乱れるので、論理だったもの(憲法や法律)である程度しばります。

しかし、今回の事件に関して、周りに男性が複数人いたんだったら助ければよかったのに、と簡単に言えるほど理屈で片付く現場で無いことは間違いないでしょう。

今回の事件で、直接の関係者ではない人たちが考えなくてはいけないことは、こういった男性を生み出した社会には問題がないのか、新幹線のセキュリティーはどうするのか、こういう犯人の刑罰はどのように行うのか、といったことです。
現場で怖くて逃げた男性なんて、全く問題に値しません。

スポンサーリンク

フォローする