先に生まれたことはそんなに偉いことなのか

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ある酒場であった経験から学びがあった。 そんな事はよくある話なんだけど、あんまり「学び」とか「気付き」とか言ってると意識高いっぽくてしゃらくせえ感じなんだけど、まぁそういう話である。 その日は深夜一時を過ぎた頃、行きつけのあるDJブースのあるバーに、自分の出演する別のイベントを終えて、一杯やりに戻った時のことだった...

まあよく聞く話ではあります。

いきなり固い話から入りますが、そもそも年功序列とか縦社会とかって何のためにあるのでしょうか。
それは思うに、組織を統率するのに必要なシステム、という存在意義です。
人はみんな違うので、各々が違うことを言い始めたら、組織としては意見がまとまりませんし、そうすると次の行動にもうつれません。
ですので、いろいろ話し合った結果、最終決定権を持っている人を決めておく、というシステムが必要なのだと思います。

逆に言えば、組織でない限りは年功序列や縦社会は存在意義すらありません。

冒頭に紹介した例では、筆者と先輩は一緒に何かを決定していく必要なんかなんにもないわけです。
あえて言えば、その店でどんな曲をかけて良いのか、かけてはいけないのか(かけるべきではないのか)を決める必要はありますが、その決定権は当然、酒場のマスターにあります。

ここで先輩が筆者に向かって言っていることは
「DJかくあるべき」
という内容、、、だと先輩は思っていますが、それは多分本人の勘違いです。
裏にある真意は
「先輩には従うべき」
という哲学です。
そして、それに対してもし「なぜ?」と疑問を投げかけたら、そんなのに理由はない、当たり前だ、的な回答になるのでしょうね。

繰り返しますが、年功序列や縦社会の仕組みは、同一の組織の中で、最終決定権者が必要となった時にのみに存在意義が生まれます。
酒場のDJの仲間内にそんなものはまったくもって必要ありません。

ちなみに、ある人がある人を敬うのは自由です。
勝手に先輩扱いする、というやつですね。
しかし、年功序列や縦社会においては、下の人間が上の人間に従うことを強要されます。
大きな違いはこの「強要の有無」です。

実際に私には人生の師匠がいます。
その人に誘われたら、なんとかしてスケジュールを調整して会いにいきます。
それは、私自身が会いにいきたい、と思っているのであって、誘っている時点では強要の雰囲気は全くなく、断ることもできます。

ここでは先輩が「俺がいるんだぞ」という発言をしてます。
もしその先輩がそういうのを望むのならば、言葉による強要ではなく、筆者を魅了するくらいの人間性を携え、「この先輩がいるから、他の客をある程度ほったらかしにしても楽しませてあげたい」と思わせるのが筋です。

年上の人間がなぜ偉いか。先に生まれたことはそんなに偉いことなのか。
考えずにそれが当たり前だ、と思っている人は、その時点で思考停止している自分に気づくべきでしょう。

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