大切なのは「事実」

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日本中のほとんどの人が呟いていた「記者にまともな奴はいねえのか?」問題。潔く頭を下げるアメフト選手に飛び交う愚問の数々に怒りで気を失いそうになった方も多いはず。今一度、社名と名前を挙げて考察してみたいと思います。

大きな問題になってますね。確かに大きな問題だから、大きく取り扱ってほしいと思います。
この問題、アメフトという日本ではちょっとだけマイナーな競技ゆえ、問題の動画は一般の方による撮影で、拡散はSNSだそうです。マスコミは後追いですね。
そう考えると、見逃されずに問題になってよかったと思います。
さもなくば、この監督は強いチームを率いた名将になっているでしょうから。

さて、上記リンクは悪質タックルをした選手の会見での記者質問抜粋です。
私は偶然この会見をリアルタイムで見たのですが、その際にもため息がでるような質問が少なからずありました。

記事中にもありますが、一番うんざりしたのは、「自身にとってアメフトはどういう存在なのでしょうか」という質問。
これ、こういう記者会見にかぎらず、大きな大会のメダリストに向けてや、ドキュメンタリー番組なんかでも聞くおなじみの質問ですね。
しかし、この類の質問って、あんまり意味が無いと思います。仕事でも趣味でも良いのですが、何かに打ち込んでいる時に、それが自分にとって何なのか、なんて考えている人いるんですかね。
この質問をした記者にはぜひ「あなたにとってこの質問とはなんですか?」と問いたいところです。

他にもやれやれ、と思う質問がありますが、選手が言っていた言葉の一つが最も的を得ていたように思います。

「私は謝罪と事実を述べるためにこの場を用意してもらいました」

報道は視聴者の為にあるものです。
そして、この問題で最も視聴者が知りたいのは。事実ではないでしょうか。
実際にこの会見、謝罪をしたあとは監督やコーチとどういったやりとりがあったかを、ある意味淡々と説明していました。
どんな気持ちだとか、どう思うか、ということも大事ではないとは言いませんが、現時点では事実を明らかにし、それが客観的に見てどうなのか、ということのほうが大切です。

記者の質問には、そこに定番のストーリーのようなものを作りたい意図が感じられた気がしました。
超縦社会である体育会系の閉鎖的な集団内で、絶対権力者である監督やコーチに逆らえず、やむなく悪質タックルをやってしまった、だとしたら権力者を糾弾するべきだ、といったストーリーです。

本当にそうであってもそうでなくても、それは周りの人間が事実から判断することではないでしょうか。
本人の気持ちは、謝罪という部分だけで十分だと感じます。

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