普通であることは普通じゃない

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普通という概念って面白いと思います。
なぜなら、私の周りを見渡しても、普通の人がいないからです。

ふつう【普通】
一 (名形動)文ナリ
① いつでもどこにでもあって,めずらしくないこと(さま)。「日本に―の鳥」
② ほかとくらべて特に変わらないこと(さま)。「ごく―の家庭に育つ」「―ならもう卒業している」
③ 特別ではなく,一般的であること(さま)。「―高校」

だそうです。

いつでもどこでもあって、なのにあんまり普通の友人がいません・・・

よくよく考えたら、あの人は普通だな、と思う人はいます。
しかし、その人は私とさほど親しくない。

そして、前は普通だと思っていたのに、親しくなったら普通じゃないと思い始めた、ということもあります。

「普通は○○だよね」
という言い方もよくされます。
一般的にとか常識的に、という言葉も同じようなニュアンスですね。

しかし、繰り返しますが普通というのはいつでもどこにでもあって、なので、難しく捉えれば
「統計上多い」
ということです。

この統計上というのが肝で、サンプル数が思ったより少なかったり、偏ってたりします。

例えば、ある会社に10年勤続していたら、自分の職場が普通だという感覚に陥るのも無理ない。
取引先などもありますが、それも結局カテゴライズされています。
サンプル数は多くても数百人、しかも無作為抽出ではありません。
日本だけでも1億人以上、世界にはもっともっと人がいます。

メディアも同様です。
市民感覚とか国民の意見を、というワードは結構怪しい。
どの市民、国民を指しているのかよくわかりません。

私は音楽畑ですが、当然のように周りには音楽関係者がたくさんいます。
しかし、音楽に従事して生きている人間なんて、世間からするとマイノリティーもいいとこです。
私の周りにあるコミュニティーは、社会的マイノリティーです。

こういうことは、時々意識しないと、「根拠のない普通」という概念が出来上がります。

あなたは自分を普通だと思いますか?
もし思うのならば、その統計的根拠はなんですか?
サンプル数は?無作為抽出ですか?

意外に普通であることは普通じゃないんですよね

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