なぜロジカルシンキングが重要視されるのか

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ビジネスの現場では「ロジカルシンキング」を重要視する風潮が強い。だがコンサルタントとしてその技術を徹底的に磨いてきた並木裕太氏は「…

刺激的なタイトルですね・・・

私はロジカルシンキング派です。
しかし、人は感情の生き物であることも重々承知しています。

ただ、私はギリギリまではロジカルに考えるべきだと思っています。

なぜなら、ロジカルに考えることが否定された時代があり、その結果日本は取り返しのつかない痛手を負ったからです。
言うまでもなく、先の大戦です。

真珠湾攻撃をもってして始まった太平洋戦争ですが、あの戦争はロジカルに考えれば、絶対にやるべきではなかったという根拠がやまほど出ています。

繰り返しますが、人は感情の生き物です。
あの時代、ロジカルな選択ではなく、感情に頼った選択しかできなかったわけです。

私達が先の大戦から学ぶことは山ほどあります。
その中の一つは、人は感情の生き物だからこそ、ロジカルに考えることを意識すべきだ、ということではないでしょうか。

戦争だけではありません。
社内で行われるパワハラは、上司による感情的な指導の表れです。

小中学校で行われる、危険きわまりない人間ピラミッドも、感動するからという理由でいまだ実施されているところがあります。

炎天下で何時間も試合をすることになる甲子園も、その姿に感動するということの影に熱中症の危険が隠れてしまっているからです。

得体の知れないカリスマ性に囚われ新宗教に入信し、人殺しまで犯すようになった狂気集団オウム真理教は、その根拠を追求しなかった(できなかった)人たちの残念な結果ではないでしょうか。

冒頭の記事で紹介されている例で、人工芝と天然芝のどちらが良いかは、ロジカルにどちらも説明できる、と書いてあります。

どちらもロジカルに説明した後に、議論で決定していく、という過程こそ大切なのではないでしょうか。
どちらもロジカルに説明できてしまう、ということと、ロジカルシンキングを否定するのは、筋が通っているようで通っていません。

私は、ロジカルシンキングをすすめます。
繰り返しますが、どこまでもロジカルシンキングを意識したところで、感情がまったくなくなるはずもないので、そのくらいでちょうどバランスがとれるのではないでしょうか。

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