情報は、結局「受け手」次第

スポンサーリンク

昨日は、とあるテレビ番組に注目していました。
それは、私が音楽の仕事で深く関わっているグループが出ている番組です。
プライベートな事は知らないことも多いのですが、音楽関係のことはほとんどを把握しているくらい密接な関係があるグループです。

しかし、テレビとは恐ろしいものだな、と思いました。
別に否定的・批判的に言っているのではありません。ただ、演出によってかなり印象が変わる、変えられている、と強く感じました。
それが別に悪い方向ではなく、むしろその番組では良い方向への印象操作だったので嬉しかったのですが、ただただ「操作できる」ということをまざまざと見せつけられた思いです。

人は「情報」で事実とみなす

自分の目で見たものしか信用しない、という人が時々いますが、それは多分嘘です。
地球が丸いことや身体の中に内臓があること、それらを肉眼で見たことがある人はかなり少ないはずですが、それを疑っている人は聞いたことがありません。もしいたら変な目で見られそうですよね。

つまり私たちは情報をインプットして、知識として蓄えたりそれに対する印象を持ったりする生き物だ、ということです。
情報はどこから入ってくるか、といえば各種媒体です。
マスコミ、ネット、書籍、それから人の声ですね。
この中で情報量とその流通量が圧倒的なのが、マスコミとネットでしょう。

マスコミはハイリスク・ハイリターン

マスコミとネットでは、アウトプットする側の数が全然違います。マスコミは選ばれた人だけが発信できます。
それは逆に言えば、マスコミのコントロールがネットに比べて簡単だということを意味しています。
影響力と情報量、流通量を考えれば、マスコミはハイリスク・ハイリターンですね。日本は三権分立で、その権限はそれぞれ国会、内閣、裁判所が有しているのですが、その次の権力・権限はマスコミだ、と小学生の頃に習った気がします。当時はネットがなかった時代なので、現在にそれがそのまま適用できるかどうかはわかりませんが、そのくらいの影響力を秘めていることは誰の目にも明らかですよね。

と、こういうことは普段からよく言われていることですが、実際に自分が明らかな印象操作を目の当たりにした時に、とてもリアリティーを感じました。

何を言いたいかと言うと、やはり情報は深く読まないと誤る、ということです。
テレビや新聞は、時間や紙面に制約があるので、どうしても削ったりまとめたりせざるを得ません。そのときにどこを削るか、ということを決める人がいるわけで、どこを削るかによって印象が変わるのは当然なので、そこでその人の主観が入ることは避けられない、ということです。

情報は結局、受け手の賢さが重要ですね。

スポンサーリンク

フォローする