何のための文章、言葉なのか

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【どうやら「了解」していく流れに?(写真:アフロ)】 ビジネスマンたるもの、常に風向きを読み、アンテナの感度を上げ、自らを客観視しておかねばならない。世の中は変化し続ける。それはビジネスマナーにおいても同様だ。コラムニストの石原壮一郎氏が指摘する。 * * *

文章は変化しにくい、言葉は変化しやすい

文章も言葉もコミュニケーションツールとして使えますが、その大きな違いは、純度高く残るかどうかです。今話題の、財務省による公文書書き換え問題ですが、あれが文書なのは、手を加えずちゃんと保存すれば、自然に変化することがないからですね(まさか、気付いたら勝手に変わってました、という答弁に、そんなこともあるよね、という人はいません)。

逆に考えれば、言葉のほうが変化しやすいのは当たり前です。言葉はその点が良くもあります。時代を表わす鏡になり得ますからね。同じ日本語を使うので、言葉が変化し、それにつられて文章も変化していくといったことも起こりますが、最初に変化するのは言葉の方が多いでしょう。

文章と言葉が近づいた


しかし、最近はLINEやメッセンジャーでのやりとりが当たり前になりつつあります。そして、そこで使われる文章は話し言葉のほうが多い。インターフェイスも吹き出しになっているので、話し言葉で書くことに違和感を感じる人は少ない。
文章を書いて人に伝えるという行為が、SNS普及以前に比べてかなり簡単になった時代ですが、純度高く残る、という性質は変わりません。むしろデータなのでより純度高く残せます。

変化し易い言葉と、純度高く残る文章(データ)、これが合わさると言語の変化スピードは加速するのかもしれません。上記記事で指摘しているとおり、スピード感のある時代ゆえ、出てきてもすぐに消えていく用語もありますが、中にはそのまま残り続けるものもあります。その要因には、SNS普及もあるでしょうね。

言語の「正しさ」

言語が変化していくことをどう捉えるか。おそらくこれに危機感を感じる人は、正しい日本語が失われていくことを懸念しているのではないでしょうか。
しかし、一体正しい日本語って何なのでしょう。

もちろん、言語学的な意味で正しい日本語はあります。しかし、これは日本語に限りませんが、話し言葉というのは往々にして間違っています。その理由も上に書いた要因と同じで、後に残るわけでもないし、一つの伝達手段として問題なければ構わない、ということになるからですね。わかりゃあ良いわけです。
言葉や文章には、事実を確実に伝える、ということ以外の役割もあります。優れた小説家や詩人が選ぶ単語や用語は、事実を伝えることだけが目的でないことは自明です。雰囲気というかなんというか。

事実がちゃんと伝わりさえすれば良い場面と、そうでない部分を把握していれば、言語が変化していくことをネガティブに捉える必要はないと思います。
多くの人は、「古池や蛙飛び込む水の音」という句を、意味だけ切り取って「古い池にカエルが飛び込んで水の音がしたんですよ」と紹介しても、説明になっていないことくらいわかるでしょうし、「1000円からお預かりします」という言葉を「え?意味がわからない、どこから?」といって理解できない人も(嫌味でない限り)いませんよね。多分それを指摘する人は、自分の方が正しい日本語を知っているのだ、という優越感に浸りたいだけで、伝達行為に問題があるとは到底思えません。

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