女性の気遣いが生む負の連鎖

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「多様な経験やバックグラウンドを持つ人が、議会にもっと必要だ」

我が家のリビングは比較的広いほうなので、家呑みによく使われます。

といっても使うのは私ではなく妻。娘の行く幼稚園のお母さんたちが集まっての飲み会ですね。

同じ年頃の子供を持つ親の共通した悩みを打ち明けながらお酒を飲むというのは、普段の育児ストレスをちょっとだけ緩和させるという意味でも良いものだと思っています。

こういうときの食事は、大皿が真ん中に何枚かおいてあって、各々が自分の小皿に取る、というスタイルが多い。

私が帰宅すると妻は「おかえり」、他のお母さんたちは「お邪魔してますー」というよくある感じです。

私も食事をしたいので、テーブルについて大皿から何かを取ろうとすると、すでに自分の皿に料理が盛ってあります。

さらに、私がアルコールを飲まないのを知っているので、お茶まで用意されてます。

それは、その中のひとりのお母さんが私のためによそってくれたものでした。
私が帰宅し、荷物を自分の部屋においたり着替えたりしている間にしてくれたのです。

正直驚きました。食事を人からよそってくれたのなんて、本当に久しぶりです。
我が家では自分も自分の妻も娘も、全部自分でやります。
だって、そのくらい自分でできるでしょう?

普段からそんなことされたことないので、嬉しいというより気恥ずかしさの方が上回ります。どちらかというと、自分で取りたいな、とも思いました。

冒頭のリンクにあるように、日本のジェンダーギャップはまだ低評価で、今後改善していかなくてはいけないでしょう。

我が家で起きた些細なことですが、このお母さんはもちろん悪気があるわけではありません。

ただ、その気遣いが日常になると、いつもそれに接している男性もそれが当たり前になります。
人は習慣の生き物ですから。

尊敬するジャーナリストの佐々木俊尚さんがおっしゃってましたが、夫婦での役割分担はとくに固定されておらず、空いている方がする、というのが望ましいのではないでしょうか。

よそってくれたお母さんの行動は、嬉しいと思ってくれるひともいるのかもしれませんが、その些細な行動が結局負の連鎖を生むのかもしれない、とも思います。

そういうことをしなかったら、気の利かない女性だと思われるかも、という強迫観念があるのかもしれませんが、自分でできることは自分でする、なんて至極当然のことです。

組織での上下関係だったらいろいろまた別の問題もあるのかもしれませんが、夫婦関係においては上下はないのですから、食べ物をよそうくらい自分でやらせましょう。

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