罪と罰を改めて考える

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回転寿司「くら寿司」のアルバイト店員が、魚をゴミ箱に捨てた後、まな板に戻して調理 - Yahoo!ニュース(弁護士ドットコム)

最近また話題になり始めました。
本人たちは悪ふざけでやったことでしょうけど、被害は甚大です。

炎上しているのは懲罰感情のあらわれでしょう。
やった理由が悪ふざけのみ、だったら情状酌量の余地がありません。

しかし、被害の分だけの罰を加害者に与えるべきだという主張には反対です。
罪と罰は切り離して考えるべきです。

被害の分だけの罰を与えるべきならば、交通事故で怪我を負わせたひとは、交通事故にあわせる、またはそれと同等の怪我を追わせることになります。

もし死亡事故ならば、それが過失だろうがなんだろうが、死刑です。
それで良いのでしょうか。

人は感情の生き物です。
懲罰感情はなくなりません。
しかし、それをあまりにも主張しすぎると殺伐とした世の中になります。

加害者にはちゃんと罰を受けてもらうべきですが、それは被害を完全に投影したものであるべきではありません。
そのために適切な量刑があり、司法があります。

司法は、大衆の懲罰感情を満たすためにあるのではありません。

繰り返しますが、罰はちゃんとあたえるべきですが、どれだけの罰を与えるかは大衆が感情的に決めることでも、被害と同等のものでもありません。

適切な罰を与える司法が効く世の中であってほしいと思います。

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