批判の的を間違えないように

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ネット動画投稿の良さは、マスコミと違って自由度が高いことです。
マスコミの場合はスポンサーの意向に沿わない場合NGとなります。
スポンサーですからね、仕方ない。

一方、ネット動画の投稿にも広告はついているので構造としてはスポンサーといえますが、パワーバランスが全く違います。
ネット動画の場合は、まだ無名なときに最低限の資金ではじめ、人気が出始めたらスポンサー側からオファーが来る、という順番だからです。

政治的な論調は特にその影響が大きい。
マスコミの上層部やスポンサーとなっている企業と大物政治家が懇意にしている場合、報道姿勢に政治家を忖度するのは至って自然です。
しかし、一般市民は忖度のない、合理的な主張を聞きたい、と望みます。

結果、ネット上のほうがピュアな議論が生まれやすい、ということになります。

これはネットを使っている人の「傾向」とか「年代」とかではなく(それもあるかもしれませんが)、そもそもの成り立ちや構造上生まれる差異です。

ただ、その分嘘やデマが拡散する可能性が高いことも事実。
ユーザーはその辺を踏まえつつ、マスコミもネットも使うのが賢い使いこなしと言えるでしょう。

さて、前置きが長くなりましたが、冒頭の事件はネット動画上で起こったことです。
上記理由により、ネット動画には再生回数、チャンネル登録者を増やしたいという理由で、テレビでは無理と思われることをあえてやってみせる、ということがたびたび起こります。
テレビとの差別化を考えたときに、そのやり方を思いつくのは、これまた自然な流れです。

しかし、ネット上に秩序が不要なわけがありません。
テレビに比べ自由ですが、やりすぎると崩壊するので、継続のためのルール作りは必要です。

ただ、こういう事件が起きると、その原因をネット動画に求めちゃう人がいます。
ネット動画なんていうコンテンツがこういう事件を生み出すのだ、という主張ですね。

しかし、どんなサービスも事件・事故の温床になりえる、ということを改めて認識すべきです。

自動車やバイクは便利ですが、死亡事故で命を落とす可能性が高くなります。
携帯電話は便利ですが、犯罪もしやすくなります。
プログラミングの勉強をいっぱいすると良いソフトを作って社会に貢献できますが、ウィルスをつくって混乱させる知識も得てしまいます。

大切なのはそのバランスです。
利便性やメリットよりも事件の温床になったりデメリットになったりするほうが多い、という場合は、そのサービスは停止すべきでしょう。
しかし、1件でも事件が起きたら、そのサービスを猛烈に批判してなくす、というのは過剰反応です。
典型的なゼロリスク思考です。

こういった事件は痛ましいし、視聴者側にも影響が出ます。
運営側は、せっかく素晴らしいサービスなので、こういう事件が起こらないように対策を講じてほしいと思います。

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