開戦日の日常

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あと1週間ちょいで、12/8をむかえます。
8/6や8/9そして8/15はそれぞれ広島、長崎への原爆投下、終戦日ということをほとんどの人が認識してします。
しかし、太平洋戦争が始まった日が12/8だということを認識している人は、上記に比べるととても少ないようですね。

具体的な日にちを覚えることには、特に意味を感じません。
しかしながら、あの悲惨な戦争を総括する本が多くあるなかで、始まった日の、国内の日常を伝える本が全然ないことが、12/8という日の無名さをあらわしているのだと思います。

戦争を体験したことがない人がほとんどになった現代において、日米開戦がどのように伝えられ、どんな空気が日本を覆ったのか、まったくもって想像できません。
だからなのか、戦争の悲惨さを語り継いでいく本、映画、論評は数多くあるので、開戦の日も悲しみや怒りに包まれたのだろう、と安直に推測してしまいます。

しかし、実際のところは巻末で武田砂鉄氏が書いているように、正常性バイアスがかかり、つまり普通の日を迎えた人が多かったようです。また、そうでない人の中には、感動で涙を流したという人も少なくなく、推測通りのリアクションを取った人は全体としては少ないようですね。

私たちはその愚かな行為を繰り返さないためにも、歴史を深く学ぶ必要があります。
しかし、これも巻末に書いてありますが、私たちが歴史を学ぶときには、すでに結果がわかっている状態で学ぶのです。
最後まで読んで犯人がわかっている推理小説を再読しているときのようなもので、最初に読むときには気づかなかったことに再読時には気づきやすい。逆に言えばそれらは、初読時には気づきにくい。

私たちが生活している毎日は、つねに初読と同じ状況です。未来のことはわかりません。
あとから考えたら、なんでこんな愚かなことをしてしまっただろう、と思うことをやってしまうのが人です。
しかし、開き直ったら身も蓋もない。

愚かな行為を繰り返さないためには、開戦の日にまさかあれだけひどい戦争になると想像できなかった、それが人間だ、ということを強く強く認識するがあるのではないでしょうか。

繰り返しますが、戦争を実際に体験した人は本当に少なくなってきました。
しかしその戦争は、確実に日本人が体験したもので、嘘偽りのない事実です。
それを当事者性をもって向き合うことが、唯一無二の方法だと考えます。

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