政治を語る時と場所に気をつけて

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政治は、各個人の興味の有無に関わらず、影響があることは間違いありません。
であれば、興味を持ったほうが全体のためになります。

とはいえ、四六時中政治のことを考えるほど現代人は暇ではありません。
それを常に考える必要があるのは、そういう方面の専門家(政治家やジャーナリストなど)です。
その人達は、それを考えるのは仕事なので、専門家以外の人も同様に自分の仕事をちゃんとすることが大切でしょう。

じゃあどのくらい考えればよいのか、というのは決まりはある訳無いのですが、私は最低でも投票日とその前後数日間、それから政治的な重大なことが起こった時くらいは考えてほしいな、と思います。
この「最低限」から「常日頃考える専門家が費やす時間」の間には結構幅がありますが、その時間は各個人の政治への関心に比例します。

強要されることなく政治への関心が高いのは良いことだと思います。
しかし、あまりにも関心が高すぎるせいか、日々のアウトプットがそっち方面ばかりになるのはいかがなものかと思います。

アウトプットはいろんな形態がありますが、現代ならば特に注意はオンライン上でのことでしょうね。
ウェブサイトやSNSなど。

例えばこのサイトを御覧ください。

トップページ全体の8割くらいは政治的主張です。
繰り返しますが、専門家でない人が政治的主張を公に向けて行うことが悪いというわけではありません。
ただ、一般感覚からすると(私が一般的かどうかは自信ありませんが・・・)違和感ありませんか。
もしこういった主張をしたいのならば、別ページを用意し、そちらで充分に主張を繰り返すほうが「自然」だと思うのです。

私の知りあいにも、ちょっと困った人がいます。
その人は生演奏がある店のオーナー店主なのですが、FB上での投稿がほとんど政治的な主張です。
そこに主張があるのは構いません。しかしバランスが悪すぎると感じるのです。
政治的な主張とそうでない投稿が半々くらいが違和感のない限界ではないでしょうか。
この人の場合、9割は政治的な投稿です。

私は、一人でも多くの人に政治に興味を持ってもらえたら、と思っています。
特に若い世代にはそう思います。なぜなら、結局若い世代がこの国を支えていくことになるからです。
そして、若者の政治への関心の低さが問題になっていることもよく知られた事実です。

なぜ政治への興味が低いのか。その理由の一つに
「政治に関わる人へ拒否感」があるのではないでしょうか・

政治的なスキャンダルはもちろんですが、上に書いたような、政治に明らかに興味がある人が行っているアウトプットに違和感があることも、拒否感に繋がると考えています。

それが、若者の政治への無関心を正当化する筋の通った理由にはなりえないことは自明ですが、立場変わってアウトプットする側はそれを自覚する必要があると思います。

要するに、政治を語る時と場所をわきまえてほしい、と思うのです。

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