見えることの弊害

スポンサーリンク

You Tubeが普及しはじめて、世の中にはこんなに上手なギタリストがたくさんいることを知った人も多いのではないでしょうか。
プロも顔負けのプレイを披露してくれる人もいて、ギター初心者にとっては下手な教則本よりもずっとためになります。

さて、この動画では要するに、練習するときに指板を見るのをやめてみよう、と言っていますが、これは至極的を得ていますね。

音楽というのは、ライブやMVもあるものの、基本は「音」です。
そして、音は見えません。

一方視覚情報というのは五感の中でも90%近くを占めると言われるくらいたくさんの情報をインプットしているという研究もあります。
個人差はあるでしょうけど、視覚情報が多くを占めるのは体感としてわかりますね。

これ、どういうことかと言うと、音を聞こうと思っていても、何かを見ていたら、見ているものの情報をインプットする方に割合が割かれるということなんです。
ギターの練習で言えば、どんな音が出ているかよりも、どんなフォームになっているかの方にフォーカスがいきがちだということです。

確かにフォームは大切ですが、それはあくまで良い音や正しい音を出すための手段であって、目的ではありません。

世界中に素晴らしいギタリストはいっぱいいますが、音が素晴らしくてフォームが奇抜なギタリストも結構多い。
一方その逆、つまりフォームはとてもきれいだけど、音は外れている、という人は優れたギタリストと呼ばれることはないでしょう。

見えることというのは、ときに弊害をもたらします。
インプット情報9割近くを占めると言われる視覚情報なので、見たものが真実と思いがちです。

しかし、音楽はもちろん、人の感情だって見えません。
感情が顔に現れることもありますが、順序は感情⇢顔であって、その逆ではありません。

それから、想像力を狭めるとも言えます。
私はスガシカオさんのファンですが、スガシカオさんが曲や詞を考えるときは、メガネを外すという話を聞いたことがあります。
スガシカオさんはかなり視力が低く、普段の生活ではメガネが手放せないそうですが、曲や詞を書くときは、あえてメガネをはずし視界をぼやけさせるそうです。
そうすると、見えない世界を想像できるそうです。

私達が見ることができるのは、世の中で起こっている現象のほんのわずかでしかありません。
だからこそ、見えない音楽はどこまでも魅力的なのかもしれませんね。

スポンサーリンク

フォローする