ギャラの交渉がなぜ苦手になるのか

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フリーランスで仕事をする場合、ギャラは自分で決めなくてはいけません。
そして私も含め、このギャラの交渉が苦手です。
特に音楽の場合、演奏ギャラの相場はなかなかつかみにくく、中には「ちょっと演奏するくらいだからなんとか無料で」という依頼をほのめかす人もいます。
そういう依頼者がだめということを言いたいのではなく、そういう人に対して「いえ、お金は発生しますよ」と伝えるのが苦手、という話です。

なぜ苦手意識が生まれるのでしょうか。
それは、子供の頃からお金の教育を全く受けていないからです。
受けていないと言うよりむしろ、お金をもらうことはまるで悪いことのような雰囲気にのまれることが多々あるからです。

人の役に立つことをやることは良いことですが、そこでお金を請求したとたん、「お金のためにやってるの?」という批判を浴びます。

お金のことを教わる機会って、義務教育には見当たりません。
お金が世の中でどれだけ重要な役割を担っているかは誰もが(それこそ小学生でも)認めるところですが、にもかかわらずそこには一切触れません。
なぜでしょうか。
それは、お金のために何かをやることは良くないことだ、という概念を教育者、つまり先生たちが持たざるを得ない状況があるあからです。

先生という職業がいかにブラックかは、内田良氏の書籍に詳しいですが、そこがブラック化する原因は、「教育者は無償の教育を子どもたちのために施すのが当たり前」という考え方が蔓延しているからです。
つまり、長時間働いていもその対価を要求することが憚れるわけです。

こんな状況で働いている先生たちに、労働対価を要求するのは当たり前、という教育ができるはずもありません。
お金度外視で、汗水たらして働くことが輝かしいことだ、という考え方が出来上がります。

でも、この考え方は正直危険だと思います。
人間はサボりたい、楽をしたい生物です。
働いても働かなくても同じ給料ならば、働かない人が増えるのは容易に想像できます。
その結果、国全体の労働力が低下し、国家自体が崩壊した例は歴史をみれば明らかです。

話が大きくなりましたが、要するに、
・教育でちゃんとお金のことを教えよう
・そのために先生たちの労働環境改善を急ごう
という話です。

教育は国家百年の計です。いますぐやっても結果が出始めるのはずーっと先ですよ。

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