ちょっとくらい悪くても良いじゃないか

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 タバコが人体に悪影響を及ぼすという意識は既に浸透しているが、お酒もやはり体には良くないようだ。それは量の問題ではない。 酒は百薬の長とも言われており、1日1、2杯のお酒なら体に良いとされていた時代もあった。 だが、今回、これまでに発表されている膨大な

酒は百薬の長。
ほどほどのお酒はむしろ健康に良い。

このような愛飲家が口を揃えていう飲酒の正当化最大の武器を打ち壊すような記事ですね。
お酒も百害あって一利なし、ということでしょうか。

これはタバコに対しても同じですが、百害あって一利なしというのは、少なくとも健康面においてだけです。
不健康よりも健康のほうがよいに決まってますが、かといってなんでもかんでも健康かどうかで判断するのはいかがなものでしょうか。

お酒に関しては、少しのお酒ならば健康に良いから、という理由で飲んでいる人なんて会ったことがありません。
それはあくまで、そういう側面もあるらしいよ、ということであって、実際のところはお酒が好きだから飲む、その理由がほとんどです。

好きだから飲む、という理由は不十分なのでしょうか。

もちろん、健康被害の度合いにもよりますが、お酒の歴史、飲酒の歴史から考えれば、正直そこまで大きなものではないでしょう。
健康被害の度合いが著しいもの(薬物等)はすでに法規制がなされています。

飲食物において、健康面をえらく声高に叫ぶ人がいますね。健康マニアなんかそうです。
しかし、私達は健康になるために生きているわけではありません。健康なことより、その人生が充実していて満たされていることの方が上位で、人生の充実の方法の一つに健康があるわけです。
不健康でも幸せな人、健康でも不幸な人なんていっぱいいますよ。

例えば、毎日点滴を打つことによって健康面が保たれるという方法があるとしたら、費用の問題がなければそんな人生も選択肢に入るでしょうか。私はまっぴらです。美味しいものを食べることと健康に良いかどうかは、関係はあるもののイコールではありません。

お酒やタバコは、健康面から言えばだめなのかもしれません。
しかし、繰り返しますがそもそもタバコだってお酒だって健康に良い悪いで飲んだり吸ったりしている人なんてほとんどいないわけです。
そんなことよりも、仕事中の休憩の一服や、一日の最後のお酒が至福の時間だ、という人たちの為になっているという側面があるでしょう。

健康面でもそうですが、人の生き方に関しては合理性は求めすぎても限界があります。
音楽なんて合理性からかけ離れています。
(病気で医者にかかった時に、「生活に音楽が足りないですね、もっと聞きましょう」って言われた人います?)
そもそも、人が生きていること自体に合理的な理由がない時点で、人生に合理性を求めることがナンセンスです。
合理性は、多種多様な生物、ヒトが社会を形成する時点で用いるものであって、ヒト1人には適用するものではありませんよね。
愚行権だってちゃんと認められています。

お酒、、ちょっとくらい健康に悪くたって良いじゃないか、と思います。

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