なぜ、と思う癖をつけよう

スポンサーリンク
春4月。多くの子どもたちが新たな学校生活をスタートさせる中、福岡市の高校2年の男子生徒(16)から気になる声が特命...| 西日本新聞は、九州のニュースを中心に最新情報を伝えるWeb版ニュースサイトです。九州・福岡の社会、政治、経済などのニュース、福岡ソフトバンクホークスなどのスポーツ情報を提供します。

校則は意味がわからないものか多いし、時代に合ってないものが多いと感じます。

この記事にでてくる「高校生としてふさわしくない」というワード、私が高校の頃も散々言われました。

シャツをパンツインしてなかったら、高校生らしくない。
靴下が白か黒かだったら、高校生らしくない。

社会は理不尽がたくさんあります。だから、その理不尽に慣れるという教育とい見方もできなくはありません。

しかし、そんな理不尽ばかり押し付けていると、やがて「なぜ」と思うことがバカらしくなり、とりあえず従っておけ、という思考が癖になります。

こういう意味のわからない校則を制定し続ける要素は2つあります。
今までこれでやってきたからこれからもこのままでいいんだ、という考え方があること。
もう1つは、「ふさわしい」「らしさ」ということに対する時代錯誤です。

これまでやってきたから、の理由は言うまでもなく破綻しています。
日本も世界もめまぐるしく変化していく中で、これまでのやり方がそのまま通用する、と考えていること自体がナンセンス。

ふさわしい、らしいの時代錯誤は、情報不足からきます。
狭いコミュニティ内で経験したものだけから物事を判断すると、全体が見えません。
木を見て森を見ず、というやつです。

だいたいみんなそう思っている、とかいう言葉の「みんな」は、以外と5.6人だったりします。
数字や統計から判断することが肝要です。

これらの要素を踏まえたのちに、「なぜ」と思うこと。
そこからいろんなことが、今あるべきカタチに変化していくのだと思います。

スポンサーリンク

フォローする