学校のありかたを考える

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バイきんぐ小峠英二が、21日放送の『A-Studio』(TBS系)に出演。高校時代、お笑いのために休学していたことを明かした。

どんな世界でも、全国的な知名度を得るのは相当に難しいです。
お笑い界も例外にもれず、かつその世界で長く生き残るのは、これまた難しい。
一発屋と冷やかされる芸人さんもいますが、その一発さえ難しいものです。

さて、冒頭の記事には、もうすでに若手とは言えないくらいのキャリアを持った芸人、小峠さんの高校時代のことが書いてあります。
かいつまんで書くと、お笑いを目指すために休学したが、よしもと養成所の試験に落ちたら復学するつもりで、実際に落ちて復学しようと思ったら退学扱いになっていた、というもの。

こういうのを見ると、学校のありかたというのを改めて考えてしまいます。
学校に毎日通い続けることは良いことだし、そこには教育上の一定の効果もあるでしょう。
しかし、学校というのは一度に何十人、何百人という子どもたちを相手にするのだから、決まりきったルールを守らせるのにも限界があります。

これが会社組織のようなところだったらまだわかります。会社というのは、その会社がほしい人材と、その会社で働きたいという人のマッチングで行われるのが基本だからです。
これに対し、学校は教育機関なので、「ルールに従わない人はやめろ」とは言えません。
厳密に言えば高校は義務教育ではないので、嫌だったらやめればよいのですが、高校に行くことはもはや「当たり前」と言って良い行動です。

それを逆手に取り、「自分のやりたいことにすすむのならば、高校は退学にする」という処理を高校側がするのは横暴極まりない。
極端すぎると思うのです。
基本は毎日通学すべきですが、本当にやりたいことがあったらそれに耳を傾けて柔軟な対応をするくらいの組織であるべきでしょう。
仮にこれがお笑いではなくて、オリンピック出場候補選手の強化合宿だったらどうなでしょうか。

多様性だー、と叫んでいる教育機関としては、非常に問題です。
実際に高校にとって、やりたいことを目指させるために休学扱いにしておくことによるデメリットはなにかあるのでしょうか。
もしそれが事務処理上の云々とか、秩序が云々とか言う問題だったら、今後高校進学を躊躇する人が多く出始める気がします。
それが教育界の望むカタチなのでしょうか。

学校の目的は、人間教育であって、学習はその一部です。
多様性を認めていかなくてはいけない現代において、もっともそれを意識しないといけない場所の一つが教育機関です。
記事の最後に出てきた先生のような教育者が多く現れることを望みます。

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