なぜ勉強が必要なのか

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勉強という言葉には、嫌なことという雰囲気がまとわりついています。強制的にさせられる、遊びよりも面白くないこと、というイメージですね。
驚いたのは、まだ小学生にもなっていない自分の娘ですら、すでに「勉強よりも遊ぶほうが楽しい」と言っていたことです。

改めてですが、勉強という言葉の意味を調べてみました。

《名・ス他自》無理にでも(=強)努力して励むこと。

Googleで一番最初にヒットしたのが、この説明でした。
なるほど、この漢字の成分から考えて、無理にでも、というニュアンスがあるのですね。これは残念です。

私は、勉強とは何かを学ぶこと全てを指すのだと思っています。それは机上で行う学問だけではありません。スポーツだって音楽だって勉強だし、なんならゲームだって勉強だと思っています。
じゃあ遊びと勉強は何が違うのか。私はそんなに差はないと思っています。

例えばゲーム。ゲームでは何かに勝ったりクリアしたりしなくてはいけませんが、その戦略やスキルを磨くのには経験だって知識だって必要です。これを学ぶ過程と、算数の法則を学習して問題に答えるのと、どういう違いがあるのでしょうか。

難度に差がある、ということを訴える人もいます。しかし、人との勝負という観点でみれば、横並びの難度で、その中で抜きん出るのはやはり難しいですよね。

前置きが長くなりましたが、そういうこともあって、私はとにかく勉強が大切だと思っているのです。
教育において、勉強は嫌なことという固定概念を植え付けることはぜひとも避けていただきたいと思っています。

で、なぜその勉強が必要だと思うのか。それは物事を的確に捉えるため、です。
これと相対するのが、経験です。
経験も勉強の一部でとても大切な要素ですが、一部でしか無いのも事実です。
世界中に何十億という人がいて、みんな違う生き方をしています。自分自身の経験は、体感しているからという贔屓を加えても、やはり微々たるものでしかありません。それをちゃんと的確に捉えられるようになるのが、勉強の良いことです。

つい先日も、最近は物騒だから夜もおちおち歩けない、ということを言っている人がいましたが、殺人事件を含めた犯罪件数は10年以上連続で下がり続けてます。
自分の目で見たニュースなんかの印象で物事を判断することには、こういった間違いが起きやすい。それを補正できるのが勉強です。

望まなくても、時代は勝手に変遷を遂げます。勉強しないと、世の中も見えません。勉強を好きな人が増えていくことを願っています。

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