修学旅行、からの規律を守るということについて

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修学旅行の思い出は?

修学旅行の思い出は、と聞かれた時にどんなことが思い浮かびますか?
名前の通り、何か勉強的なことを学んだ旅行だった、、、という人はあんまりいないのではないでしょうか。
少なくとも私の周りにはいません…orz

ちなみに結構地味で真面目だった私はというと、結構学習的な要素の思い出もあるのですが、それは珍しいということは自覚しています。

では何が思い出かというと、友達と一緒に寝泊まりした、ということがほとんどです。
あと、夜騒いで先生に叱られた、とか、誰が誰に告白したとか。
要するに、勉強的な要素は少ない。

ただ、これは致し方ないと思います。
遊びたい盛りの年齢で、しかも仲の良い友達たちと一緒に旅行するのに、遊びが最優先されないはずもありません。
学校側もそれをある程度は理解していると思います。
ただ、基本学校は学習機関という見られ方なので、保護者や世間の目を考えると、遊ぶための旅行というわけにはいかないのでしょう。

ところが、私の友人が高校生の頃(今から30年くらい前)に行った修学旅行は、もっと「厳しい」ものだったようです。

軍隊合宿並の厳しさ

消灯時間があるのは当たり前ですが、その時間を1分でも過ぎて遊んでいると、既に寝ている同じ部屋の人も叩き起こされ、連帯責任という名のもとに説教されたそうです。
廊下に30分ほど正座させられたまま説教を受け、その後生徒が反省の意を述べ、反省の色が見えなかったら説教と正座延長、というものです。
もう軍隊合宿ですね。

またまた手段の目的化

規律を守ることは大切ですが、上にも書いたとおり、学生時の修学旅行なんて遊びと紙一重で、そんなことは保護者も生徒も暗黙の了解でわかっているわけです。
これをあまりにも厳しくしすぎると、そこには何かしらの歪みが生まれます。
http://famo-seca.club/thinking/2017-12-12-133923/

最近、手段の目的化ということをよく書きますが、それに似た印象も受けます。
つまり、消灯時間を超えて起きているのが、そもそもなぜダメなのか、という考えがあまり伺えません。
消灯時間を1分超えたら、誰にどんな影響がでるんでしょうか?
それでも、この規律を厳しく守らせるのは、おそらく「規律を守ることが大切」ということです。

どんな規律でも、規律ならば絶対に守らなければいけない、という思考停止です。

上に「歪み」と書きましたが、この学校は修学旅行時に限らず、いつも軍隊的な雰囲気の教育で、ある日生徒からの暴動が起きて、誰かの歌詞よろしく、学校中の窓ガラスが叩き壊されたそうです。
普段から威張り散らしている教師ほど目をつけられるのは当然で、警察に保護されるまでになったそうです。

こういった暴力行為は正当化できませんが、一方その経緯にも問題があったことは否めません。

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