ランドセルの必要性

スポンサーリンク
最近、腰の痛みを訴え、整骨院を訪れる子どもたちがいる。その原因のひとつが、子どもたちが使う「ランドセルの重さ」だという。

このニュースを見て、「今の小学生は弱くなった」とか言っているのは論外です。
本当に弱くなったかどうかもさることながら、例えば弱くなっていたとして、どのように対処すべきかは考えなくてはいけないでしょう。

この問題ははっきり言って、すべての教科書をデータ化して、タブレットにすれば問題なし、と思っていますが、すぐには実現しそうにないですね。

ということで、解決方法はその方面の専門家に期待したいと思います。

ランドセルは高い

ところで、ランドセルと言えば小学生の象徴のようになっていますが、あれかなり高額ですよね。
実はランドセルで通うことは義務ではないらしいですが、ほとんど義務と言ってよいレベルの統一感です。
正直、あれ必要ですか?

今日本の教育は問題山積です。
そこにお金は密接に関係しています。
お金がある人もない人も、平等な教育が受けられるような社会を形成するためには、どういった仕組みが必要なのか、ということをみんなが考えているわけです。

そんななかで、このランドセルはいかがなものなのかな、と思います。
Amazonで調べると、安くてもやっぱり1万は超えますね。
そんな高いバッグは私も持っていません。

しかも、日本の右に倣え精神はいまだ健在なので、できるだけみんなと同じものを、ということになります。
小学生ならば同じ地域に住んでいるので、地元のカバン店でスタンダードなランドセルを買う、という選択になることが多いようです。

親の気持ちとしては、
「安いカバンでも十分だと思うけど、みんなと違っていじめられたらどうしよう」
と思うのは当然ですね。

私は、ランドセルはなくした方がよいと思います。それは制服なども同じですが、みんなが同じものを使うことを強要する空気を小学生から植え付けることのメリットを見いだせないからです。

ちなみに、私が通った小学校は珍しくランドセルではありませんでした。
セイフティーバッグという、何がセイフティーなのかわからない黄色のバッグで、Google画像検索でも出てこないくらいマイナーなものでした。

冒頭の記事と照らし合わせれば、ランドセルよりかなり軽かったので良いのかもしれませんが、上記した「みんな同じものを使え」的なところは同じですね。
そして、なんといってもかなりダサかった、、、

制服もカバンも、統一する理由はあんまりないと思います。

スポンサーリンク

フォローする