つまりはアウトプット

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「一生懸命暗記したのに、なぜかテストだと点が取れない」「こんなに頑張ってるのに、ぜんぜん成績が上がらない」僕の人生は、ずーーーっとこればっかりでした。一生懸命勉強しているはずなのに偏差値35の学年ビリ…

記事のキーワードに「東大」「勉強」とあり、とてもインパクトのあるものになっていますが、中身は東大や勉強に限らず、何かを学ぶ人、それが勉強だけでなく芸術分野やスポーツでも必要なこと、が書いてあります。

いきなりですが、スポーツの話です。
スポーツのスキルをあげるのに、毎日練習するのは必須です。最近ではスポーツ医学も発達しているので、科学的なアプローチでスキルを上げる方法もメジャーになってきました。
ただ苦しいだけのうさびとびをしていた頃に比べると大きな進歩です。

と言っても、科学的な知識だけでスキルが上がるはずはありません。その知識を活用して練習し続けて、成果が得られるものです。
当たり前ですよね。ウサイン・ボルトの走り方をいくら分析して理解しても、彼と同じ速さで走れる人はいません。

スポーツでは当たり前のことなんですが、勉強や芸術分野ではこれが見落とされがちだと感じます。
例えば勉強。
この記事はここにフォーカスしていますね。いくら勉強しても、白紙に書けなかったら身についていないのと同じという趣旨のことが書いてあり、全くそのとおりだと思います。
これは、言い方を変えればインプットだけでなく、アウトプットまで行わないと身についていない、ということです。
アウトプットとして白紙に書くという方法をとっていますが、ほかにも友達にイチから説明するといった方法でも良いと思います。

音楽でも実は同じです。
作曲の方法、理論を書籍やインターネットでたくさん勉強している人はいます。
しかし、それらを学んでも、実際にはそれを作曲作業に取り込んで実践してみないと、ちゃんと学べているかわかりません。
というか、作曲作業に取り込まない作曲のための知識って、ほとんど意味がありませんよね。

演奏もそうです。部屋でひたすら練習しているのは、ある意味アウトプットかもしれません。
しかし、記録の結果を最重要視するスポーツと違って、音楽は人に聞いてもらったときの評価が最重要視されます。
スポーツの記録は、練習でも見られるかもしれませんが、音楽における人の評価は、人に聞いてもらわないことにはわかりません。
実際、自分サイコー、と思って人前で披露すると全く拍手がなかった、なんていう経験をしたミュージシャンも多いですね。

ロッキード事件で田中首相を追い込んだことで有名なジャーナリスト、立花隆さんは、1冊の本を書く(アウトプット)するのに、100冊くらいの本を読んで(インプット)勉強するそうです。
このセットが成り立たないと、学びにはつながらないのでしょう。

そう考えると、小学生の頃に読書感想文を書かせたがった国語教師の意向もわからないでもありませんね。
ただあれは、教師の求めるような感想文でないとダメ、といった空気があるから問題だと思います。
その空気さえなかったら、感想文を書くという行為も、アウトプットとして機能するのかもしれません。

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