感動している場合じゃない

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酒井政人(スポーツライター)10月21日に福岡県で開催されたプリンセス駅伝(全日本実業団対抗女子駅伝予選会)の「四つんばい」スパートが賛否の議論になっている。箱根駅伝に出場経験のある筆者としては正直

ちょっと前の話題ですが、これは大切な問題だと思います。

このニュースに関して、テレビに出ていたあるタレントコメンテーターは、感動した、と言っていました。
言葉は悪いのですが、ふざけるな、と言いたいです。

いや、感動するのは人の勝手ですし、コントロールが効かない部分もあるでしょう。
しかし、テレビのコメンテーターがその場で感動したというコメントをするという意味は、それが美しいことだと捉えている、ということにほかなりません。

今年の甲子園で優勝チームより話題になった金足農業、そのエースである投手は大会を通じて800球を超える投球を行い、問題になりました。
この件も同じですが、リスクがあることをわかっていて走らせたり投げさせたりした場合、その監督はちゃんと責任をとることを考えているのでしょうか。というか、それによって選手生命が絶たれたときに、どういう形で責任を取るのでしょうか。
まさか、今流行りの自己責任、なんて言うんじゃないでしょうね。

今回の駅伝選手も高校球児も20才一歩手前で、ものはしっかり考えられるでしょう。
しかし、成人ですらスポーツでヒートアップしているときは、その判断を誤ります。
だからこそ、選手以外に権限をあたえ冷静な判断を下せるようにしています。

例えばボクシング、種目としても負けん気が強い選手ばかりでしょう。
気持ちとしてはぶっ倒れるまでやりたい選手ばかりなはずです。
しかし、どれだけ選手がやりたいと言っても、リングの外にいるセコンドがタオルを投げたら絶対に試合終了です。
どれだけ選手が継続を望んでも終わりです。

それは、その試合のことだけを考えがちな選手の判断よりも、これからのことを考えている選手外の判断の方を優先している現れです。

駅伝選手も投手も、監督が「やれるか?」と聞いたら、「やれます」と答えるに決まってます。
質問すらしなかったら、自分から「無理です」なんて言うわけがありません。

監督って責任者でもあるんでしょう?

こういうところだけ選手をねじ曲がった大人扱いするわりに、ヘアースタイル一つ本人たちには決めさせません。そこに合理的な理由は見当たりません(頭髪をいじくる暇があるなら練習しろ、という意味があるときいたことがありますが、そしたらすべてのスポーツ、いや受験生などもすべて坊主、高校生でなくても坊主にさせる理由ができちゃいます)

不測な事態や事故は起きるものです。責任者はだからこそ、そのリスクをできるだけ減らす努力をしなくてはなりません。その努力をした人だけが、なにか起こったときに「防げなかった」と言ってよいのです。
骨が折れた状態、四つん這いでタスキを運ぶ駅伝選手に「感動した」なんて言う前に、どうやったらこういう状況を回避できるかを大人が考えるべきです。

だいいち、人が四つん這いでタスキ運んでいる姿みて、少なくとも私は感動しないしできません。
もしあれが自分の娘だったらと考えると、怒りがおさまりません。

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