教育、躾け、怒る、叱る

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昔と違い、ほとんどの先進国では、学校で生徒に暴力を振るうことは許されません。 しかしながら、まだ多くの国では児童がひどい仕打ちを受けています。中国で学校の先生が宿題を忘れたという理由で、子供の頬を引き

さすが中国、、、といったら失礼ですが、国土面積世界3位、人口世界一の国です。いろんなことが起こりますよね。
宿題忘れただけで、52針も縫う怪我をおわせるとは凄まじい。
もちろんこれは許されないことです。

宿題を忘れるという失敗は、学校のルールには違反しているかも知れませんが、社会的な罪はありません。
一方、体罰は違法です。100歩譲ってちょっとはたくくらいならまだわからないでもありませんが、52針縫う怪我をおわせるのは立派な傷害罪です。
暴力が許されるのは防衛のためくらいで、どんなことに対しても、暴力で罰を与えることは許されません。

という自分はというと、幼少期には親父からかなり厳しくやられました。殴られるのなんて当たり前で、それが良いこととか悪いこととかの判断なんてできません。
というより、ときにはなぜ怒られているのかわからない時すらありましたが、殴るのを早くやめてほしいので、なんに謝っているのかさっぱりわからないまま謝り続けたことも何度もあります。

当時そういう家庭はわりかし多く、自分だけなんで、みたいな気持ちはありませんでしたね。
今とは全然違います。私は殴られて育ちましたが、人に手を上げたことは一度もありません。
今は子供がいますが。子供に対しても手を上げたことは一度もないし、今後もないでしょう。

怒ると叱るの違いをちゃんと認識すること。よく言われますね。
怒るのは、憤りの感情を出す行為。叱るのは悪いことを正す行為。
ここに暴力が入ってくると、躾けている方は叱っているつもりでも、されている方はそう受け取りません。
上に書いたように、暴力による痛みから避けようとするのは動物の本能みたいなものなので、理屈抜きに逃れる方法を考えるからです。
これで何かが正されるわけがありません。怒られないようなテクニックがつくだけで、中身は空っぽ、思考はゼロです。

学校教育はともかく、家庭での教育(躾け)において、もし怒ることがあるとすれば、それは理屈抜きにダメだということを言わなくてはいけないときです。
人として絶対にしてはいけないことですね。
しかし、人として絶対にしてはいけないことの基準もあやふやです。
私は価値観が多様化することはとても良いことだと思っていますが、それを履き違えると無意識に人を傷つけることになるということもしっかり思っていないと、法律さえ守れば何をやってもよい、ということになっちゃいます。

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