子供の運動会と危険タックル

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いわゆる危険タックル問題で、タックルをした本人はアメフトを再開したようですね。
記憶からは消えないでしょうけれども、その経験を糧により大きな人間へと成長することが、すべての人にとってのプラスとなります。

少し前の問題をなぜ突然書くことにしたのか。
それは、今日子供の運動会を見てきたからです。

幼稚園の運動会でも勝負は勝負です。年長の年齢ともなれば、勝ち負けの意味もわかるし、負けん気が強い子なんかは結果で一喜一憂します。

運動会の最後の種目はリレーでした。2チームのリレーです。

事件は中盤で起こりました。数メートルの差をつけて前を走っていた子が転倒したのです。
後ろの子にとってはチャンス。これで逆転、、、と思いきや急ブレーキをかけて転倒した子を起こしてあげました。
起こしたあとはまたリレー再開です。

あの行為を誰かが指示したことはありえません。転倒してから大人が介入する暇なんてリレー中にありませんでした。
つまり、あの行為はその子自身が考えてとった行動なのです。
場内からは大きな拍手が生まれました。それはリレーで1位を取ったときとはまた違った、温かい拍手でした。

スポーツの世界で勝つことはもっとも重要なことの一つですが、一番だと私は思いません。
これには賛否両論あると思います。
しかし、私はスポーツも可能な限り公平であってほしいと思います。

転倒するというのも実力のうちと言ってしまえばそれまでですが、それをアクシデントとみなせば、そのアクシデントを利用して勝つことが公平な勝ち方なのかは疑問です。

数年前の柔道国際大会で、外国人とあたった日本人が、ある箇所を一切責めずに負けたことがありました。
あとで真相を聞くと、その選手はそこを怪我していたそうで、その部分だけは攻撃しないと決めていたそうです。
私はこういった行為が結局はスポーツ界を盛り上げるのではないかな、と思います。

スポーツだけではありません。勉強も仕事も普段の生活も趣味も、全ては幸福かどうか、そのために誰かを踏み台にしていないかが最終判断となります。

幼稚園生には、純粋に目の前で人が倒れていたので助けなきゃ、という気持ちが働いたのでしょうね。
世の中はそう簡単にはいかないけれど、そんな気持ちを少しでも長く持ち続けてほしいと強く思います。

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