見た人を数える、30または50で、、、え??

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トイレでの所作って、人によって実は結構違う、というのを聞いたことがあります。
考えてみれば、トイレでの所作は個室なので人に見られることや人のを見ることはまずないし、いちいちその所作を説明する機会もありません。
だから、話してみると意外と違う、ということがあるのもうなずけます。

これと同じように、意外と人と違うことの一つに「心」があります。
昨日あった人から聞いたその話は、私にとっては衝撃的だったし、意味不明でした。
そしてなにより驚いたのは、本人にとっても意味不明なことだ、ということです。
断っておきますが、普通の癖とは違います。あえて言えば「心の癖」ですかね。

なんでもその人は、人を見ると「数える」そうです。
こう言うと、人数をひとり、ふたりと数えるのかなと思いがちですが、そういうことではありません。
基本的な数え方は、一人につきアタマ・カラダ・足を10ずつ数えて、30だそうです(つまり足は2本で10ということなんでしょうね)。
たまに、それらに指と爪が加わって、これらも各々が10なので、計50になるそうです(ここは本当の数になっていますね)。
これは同じ人であっても時と場合によって30になったり50になったりするそうです。

全然わかりません。
今年一番の意味不明度合いです。

ちなみにこの人は22歳の男性で、心身ともに健康、わざわざこんな嘘をつくようなタイプでは決してありません。
物事を論理的に考えることができる人だし、根拠なくスピリチュアルなことを信じるタイプでもありません。

なぜアタマやカラダは10という単位で数えるのか、30と数えるときと50と数えるときの違いはなんなのか、そもそもなぜ数えるのか。
私はもちろん、本人にも全く理解できていないそうです。

10という単位でなくても、何かを数えるという癖はそもそもあるそうです。
昨日会った場所にはCDがディスプレイしてあったのですが、それが15枚というのもすぐにカウントしてしまうし、飲んでいたペットボトルの柄の個数も気づいたら数えてたそうです。
もちろんこれらの行為に合理性や生産性は一切ありません。

ほかにも、例えば右の肩をなにかにぶつけたら、左の肩もなにかにぶつけないと気がすまない、とか、他にもいっぱいあり、そのほとんどが自他ともに理解不能のものばかりでした。

人って面白いですね。このへんのメカニズムはおそらくまだ解明されていません。だって聞いたことないでしょう?
これと全く同じでなくとも、実は心の中でこんなことを考えているけれど理解されないだろうな、みたいなのはたくさんあるのかもしれませんね。
なぜそう思うか。それは最後にその人が自分にこう言ったからです。

「そういうの全然ないんですか?多分そういうのがまったくない人のほうが全体としては少ないと思いますよ」

マジですか・・・

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