幸せな一日とは、どんな一日なのか

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今日は自分も家族も、昼間は休みでした。
もう少しで一日が終わりますが、とても休日っぽい一日だったと思います。

私は基本的に早起きなので、いつも通り早く起きて犬の散歩に行き、帰宅後にコーヒーを淹れ、その間に洗濯物をたたみます。
コーヒーをすすりながら読みかけの本を読み進めていると、子供二人が起きてきます。
いつも最後に起きてくるのは妻ですが、今日も例外ではありませんでした。

いつもより少しだけ遅い朝食を済ませ、皿洗いをして乾燥機にかけ、身支度を整えたら外出です。
行き先は、父の演奏発表会。町のカルチャースクールに通っており、それを私の家族と、私の母と、その友人と一緒に観覧しました。

母とその友人とはそこで別れ、私たち家族はそのあとショッピングモールに買い物へ。セール中の靴とパンツを一つずつ購入。その間子どもたちはキッズスペースで無邪気に遊んでいます。大した遊具ではありませんが、子供はやはり遊びの天才ですね。

夕食を食べに行ったあと、とある有名なイルミネーションを見に行きます。子どもたちがはしゃぐ姿を写真におさめて、すぐに家族共有アルバムにアップ。すかさず「いいね」の反応がきました。
すべてを終えて帰宅、子どもたちは車内ですでに夢の中です。

本当に休日っぽい、なんてことはない一日です。
でも、やっぱりこういうのことに感謝するべきですね。
今日は3/11です。

あの日を境に、被災された方々が失ったものはたくさんあるでしょう。失ったものの中には、今日私が過ごしたような「普通の一日」があると思います。
家があり、家族がいて、時間があって、会話があり、笑顔があふれる。それらを元通りに戻すのがとても難しい状況に置かれている人は今でもたくさんいらっしゃるでしょう。戻る見込みがない人もいらっしゃるでしょう。

人生は一度しかないので、せっかくならば大きな打ち上げ花火を上げたい、という野心家もいます。
また、私のように、どこにでもありそうな、確かな幸せを噛みしめる「しっぽりタイプ」の人もいます。
その両方でない人も多くいます。

どれが正しい生き方か、ではなく、それらを選択できる、ということが最も大切で重要で幸せなことですね。

あの日から決して短いとは言えない年月が過ぎました。それでもやっぱり忘れられないし、忘れてはいけません。

一日も早く、被災されている方が「選択できる」一日を過ごせるようになることを祈っています。

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